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お願い
投稿者:
ton
投稿日:2012年 5月17日(木)22時26分7秒
ごぶさたしております。東速HP「ひろば」に「兼子先生のお部屋」の速記130年関連のポスターをリンクさせていただきたいと存じます。どうぞよろしくお願いいたします。
シェルトン式
投稿者:
つぐちゃん
投稿日:2011年12月31日(土)08時31分19秒
おぞましい自我の介入を最小限にとどめる。その点でピープスの日記は合格だ。何しろ暗号-速記で書かれていた。この日記は母校、ケンブリッジ大学モードリン学寮に寄贈されて、死後100年間眠っていた。1814年、作者の親友だったジョン・イーブリンの日記が発見、出版されたのがきっかけになり、ピープスの日記が関心を集めた。学寮長の兄のブレイブルック卿が苦学生のスミスにアルバイト料200ポンドを与える条件で3年がかりで解読させ、出版したのが1828年だった。徐々に増補され、また2回新しい解読者を起用して内容の正確度を高め、完全無削除版が1970~1976年に出版された。
(臼田昭著「ピープス氏の秘められた日記」、岩波新書)
花樹薫(星野義男)の「決心してジョン・ウイリスの速記方式を習った」というくだりは「ピープスはトーマス・シェルトンのシェルトン式を学んだ」が正しい。
ウイリスは1602年に速記を発表しているが、シェルトン式の発表は1620年だった。ちなみにウイリスは、速記の万国共通語Stenographyという呼び名をつくった人物である。
ケンブリッジ大学モードリン校にはピープスの日記の原本があるだろう。
昔、ドイツのヨッヘムス教授から最後のページのコピーを送ってもらったことがある。ピープスの日記の解説記事を書いて最終ページに収録したが、整理の悪さがたたり、なかなか見つからない。
ふと、ずいぶん昔、速記で1年間日記をつけたことを思い出した。
おほもと訪問記
投稿者:
つぐちゃん
投稿日:2011年12月27日(火)09時08分25秒
昨日もことのほか寒かったですね。
古くは「亀山」と呼んだ。だが、伊賀盆地にある「亀山」と同じ名前なので、外様の低い地位からか、「亀岡」と改めたと昔聞きました。
改札を出ると像が飾られている。表札を読めば「石田梅岩」と書かれている。
この人は日本的経営の神髄と言える理念をあらわした方で、石門心学と呼ばれている。
梅岩の出身地を訪れたという興奮の中に、青年時代ホコリにまみれて大阪の街を取材で歩いた一年先輩、出口文営(でぐち・ふみさと)さんを訪ねた。
大本教団本部。明智光秀の城、亀岡城祉がそっくり亀岡の本部になっている。
太平洋戦争前、2度の弾圧で、すべてが破壊されたところとは思えないほど、建物が静かにたたずんでいる。
伺った話は、岩村式とのかかわり、エスペラントとのかかわりだった。
説明していただいた硲大福(はざま・ひろもと)さんは、ガントレット、二葉亭四迷と、速記との縁が深い方の名前をどんんどん挙げてくださる。
また岩村学さんが特高で岩村式カナ速記を指導して、その書き手が大本教弾圧の際に速記を活用して取り調べに当たったことも教団の古い記録を基に説明していただけた。「速記五十年史」の記述とかなり異なる事実が発掘できた。
訪問記は協会の機関誌に、菅原さん(若いほう)が書いてくださる予定です。
お楽しみにあれ!
サミュエルピープス
投稿者:
サトウと申します
投稿日:2011年12月25日(日)16時24分43秒
現在、サミュエルピープスの日記に使われたシェルトン方式について調べているものです。
ピープスの速記がのっている本はどこかで見ることはできませんでしょうか?
よろしくお願い申し上げます。
高速岡本式の発表
投稿者:
岡本隆博
投稿日:2011年12月24日(土)15時33分13秒
高速岡本式を発表しました。
ご意見ご高評を賜れば幸いです。
http://eyetopia.biz/syumi/kousoku/index.html
忙しさの中の清涼感をどうぞ
投稿者:
つぐちゃん
投稿日:2011年12月13日(火)12時21分54秒
岩村学は中根式発明当時の門弟であって、中根式速記法を初めて実用に供し大本教事件当時京都府警特高課に専門速記者として入り、大いに活躍した人であるが、氏は熱心なカナ文字会員であり、何とかして純国字たるカナ文字をもって速記はできないものであろうかと、種々研究の結果ついに昭和五年「岩村式カナ早書き法」として発行し、爾来京都を中心としてカナ文字会と連絡をとりつつ各地に講演会を開き、短期成功をモットーとしているので、非常な勢いで広まりつつある。著書としては「岩村式カナ速記法」「岩村式カナ速記法通信講座」がある。(日本速記五十年史)
12月26日(月)京都府亀岡市にある大本教団本部で、岩村式とエスペラントの資料発掘、広報の方とお話する催しがあります。
速記文化の一課題
投稿者:
つぐちゃん
投稿日:2011年10月30日(日)19時04分54秒
速記者は己が立場について新しく考え直さなくてはいけない時期に来ている。これは主には速記の技術の立場についてそう言える。今までの速記者はその技術的立場を狭くしか見ていなかった。これは何も他から限定されていたわけではない。いわば速記者自身がそう自己限定してしまったのだと言えよう。その自己限定もなんら必然性を持ったものではない。全く速記者自身の無気力と不勉強の結果だと言ってしまえばそうである。そう言い切ってしまうことはあるいは失礼な言葉かもしれないが、しかしその言わんとする意味はこうである。
(手島史雄、1946.7)
カミソリ、高槻義信氏の世界
投稿者:
つぐちゃん
投稿日:2011年10月24日(月)21時04分45秒
速記欲が速記の根底であると普通言われている。
身をもって速記を実践する速記者にとっては、なにかしら内からこみ上げてくるものがあると思う。それが速記愛である。
絶対的な世界に立って、速記至上主義の下に、啓示的・神学的速記論を展開する基底は速記愛にあると私は思う。
つまり速記欲は外から速記を解明し、速記愛は内から速記の世界を解明する根底をなすものである。
ゆえに、速記教育者は、速記を知らせ符号を知らせると同時に、速記を愛し、符号を愛するように教え育てなければならない。いかに明快で、理路整然とした速記(符号)体系をもってしても、速記愛なしには絶対速記をマスターすることはできない。
田山義信(線体論的速記考)1946年7月、速研パンフレットから
練習の大切さ
投稿者:
つぐちゃん
投稿日:2011年10月22日(土)05時20分3秒
脳科学研究では、実のところ、速記の技能熟達についてそうわかっているわけではない。
経験的にいわれてきたことが正しいようだという認識を再確認したところだろう。
速記技能習得の経験から言えば、筆記練習は少しでもいいから毎日やれ、であった。
電車の中でも、人と話しているとき聞こえた話を人差し指でソラに書く。
聞こえた話を四六時中書いている。
それが意味のあることだということが、熟達という概念からもわかる。
ただ、そのとき注意することは、全神経を集中して速記符号を書くことだ。
だらだら長時間練習しているよりも、短時間真剣勝負のつもりで打ち込むことである。
理由は、「熟達」のメカニズムで明らかにされるだろう。
聞こえた言葉を筆記するとき、普通の文字を思い出してみよう。
「あ」はこんな文字、「い」はこんな文字、両方綴って「あい」を書くという処理の仕方などしていないことは、だれでもわかる。
つまり、ここに熟達するための重要なヒントがある。
聞こえた音がどんな言葉をあらわしているかを認知した瞬間大脳をパスして、運動系の小脳から指令が出て、ペンを走らせるのである。つまり、聞こえ→筆記のバイパス運動の回路を太く、大きく発達させるためには、集中した訓練、毎日少しずつの訓練が有効なのだ。
ときどき、聞いていると書けない、書いている間は話を聞くことができないという人がいる。
こういう段階の人は聞き書きの出発点ができていないから、文字を、符号を思い出さなくても書けるようになるには、文字、符号を完全に覚えることが必要だろう。考えなければ書けないようなレベルでは基本がなっていない。
速記者が速記符号を書いているときには大脳よりも、小脳への血液の流れが活発になっている。
ここのところが機能的核磁気共鳴診断装置でわかった。
それは、ほかの技能と同様の現象である。
こんなふうに一歩ずつ解明されていくが、ここまでは、これまで経験でわかったこと。
この先、どんな未知の知見が出てくるのだろう。
大いに楽しみである。
またこの課題にひっかかった
投稿者:
つぐちゃん
投稿日:2011年 9月25日(日)19時13分54秒
日本経済が先進経済に突入したとき、経済記者の私は労働集約産業のように、労働を主な構成分野として成り立っている仕事は画期的な生産性の向上をはかっていかなければ衰退していくと思った。
生産性の向上にはコストを下げる方策と付加価値を高める方策の選択肢がある。
速記の生産性は向上できずに、コストを下げる方策はアウトソーシングに流れた。それは所得の低下を意味した。
付加価値を高める方策は一部分のとんがったところで確実に伸びている。しかし、ほとんどの速記者には他人の畑である。
それと同様、速記技能の獲得に革新がないと、衰退していくに違いないとも思っていた。
そのため、速記の学習期間を劇的に改善すべきである。速記技能の獲得に要する記憶量、エネルギーを減らすための研究と科学に基づく技能訓練の方策を早く確立することが課題だと思った。
それには、教育の専門家、人間工学の専門家、心理学者、国語・言語学者の科学の成果を速記界へ導入することだとも思っていた。
しかし欧米を見ても、手書き速記の学習性を画期的に改善する方策はまだ方向性も見えていない。
今秋、はやりの脳科学で速記の符号書きを研究するグループの第一報を期待を持って聞いた。
技能は行動すること、運動する回路を自動的に作動するように工夫すればよいと思っていた。
やはり、報告では「無意識化することが速記者の特徴的な脳処理」であると、出発点が共有される結果となった。聞くことに集中し、速記符号の筆記にはそう意識を使っていないことは、速記者なら賛同していただけると思う。
海馬あたりで大脳にいかない経路で小脳へ速記符号の筆記を指令している。速記の練習もその回路を合理的に、効率的に開発するようにできないだろうか。それが、速記上達の革新につながる。
エビデンスに基づいた研究の重要性を再認識すると同時に、長年沈黙の人、速記者が築いてきた筆記行動の職人技形成の科学化がこれから期待されるというものだ。
以上は、新着順1番目から10番目までの記事です。
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